深夜の青函連絡船に乗り換える。
今夜の船は摩周丸だ。
函館港を出港するときに、デッキに出て、
北海道に別れを告げる。
冷たい空気が頭を冴えさせる。
蛍の光と汽笛を長く残しながら、
函館の街の明かりが次第に遠ざかる。
函館山を左に回りながら外界へ船が出ようとするとき、
北海道の旅で出会ったすべての人、ものに、
シャロムと別れを告げた。


青森からは、
日本海沿岸を循環して走る特急白鳥2号に乗り換える。
早朝4時50分発。11号車7番B席。モハ485−1504。

日本海沿岸に出てからは、
ひたすら西南方向に走る。
13時頃に直江津を通過。
まだ車窓に雪が残るものの、
雪の量自体は、次第に少なくなってきた。
雪が少なくなるにつれて、
旅のエピローグが近づいていく。
旅の始めに札幌の狸小路で購入したスノトレも、
ずいぶんすり切れた。
京都駅で、
滋賀に帰るトコねえと一緒に下車し、
私は、博多行き新幹線ひかり号に乗り換える。
いよいよひとり旅に戻る。
旅の最終章の新幹線は、
ビジネスマンが多数。
旅の終わりを実感する。
20時頃に広島付近を通る。
ちょうど、札幌駅を出発して、まる1日が経過した。
三浦綾子の「積木の箱(下)」を読み終える。
旅に出て2日目の2月5日に、
函館から札幌に向かう特急北斗の車中で読み始めた本だった。
旅行中は、人との出会いや、車窓に見とれて、ほとんど読み進むことがなかった。
こうして、ひとり旅に戻り、
トンネルの多い山陽新幹線に入り、一気に読み進んだ。
21時6分。
ウォークマンで、ハイファイセットの「荒涼」を聞いていたら、
新関門トンネルに突入した。
青函海峡と関門海峡と、今日、2回目の海峡横断だ。
21時40分。
パッフェルベルのカノンの音楽を聴きながら、
ひかり号は博多駅のホームに到着する。
21日間の旅のエピローグを迎えた。

※この旅で使用した北海道ワイド周遊券。学割のうえに冬季割引もあって、
非常に安い価格で北海道の旅ができた。
福岡と北海道間の急行列車に乗車可能。
また、北海道内は、特急の自由席も含め乗り放題であった。
宿代を節約するため、札幌から稚内、網走、釧路方面に走る
夜行急行列車には、何度もお世話になった。
券面に押してある途中下車印が、旅の記念碑だ。
(追補)

博多駅から二日市駅まで鹿児島本線の普通電車で移動。実家に宿泊。
翌25日に、二日市駅から上熊本駅まで普通列車に乗り、
熊本の下宿に戻る。
2月2日に熊本を出発した日から数えて、
23日ぶりの熊本である。



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次の旅はどのようになるのでしょうか。
楽しみにしています。
これからもジャンジャン更新していってください。
22年前の旅の記憶、記録がよくここまで鮮明に残っているものだと感心しました。写真やスタンプ、最後には周遊券まで出てくるとは。
自分も名前を出してもらっていますが、覚えているところもあるし、記憶にないところもあるし。何か大切なものを置き忘れたことに気付いた感じです。
自分の記憶まで他人にたよることになるとは。
旅しているときに持ち歩いていたノート(行動の記録をメモしたり、駅のスタンプを押したもの)と写真を元に、思い出しながら書きました。その時の感動や興奮、様々な「想い」を思い出し、幸せな作業でした。
1年ほど前に実家の片付けをした際に、当時使った道内時刻表を処分してしまっていたので、一部、乗った汽車の正確な時間が分からなかったのがちょっと残念だったかな。
昨日、福岡の実家に帰った際に、段ボール箱をひっくり返して、「とらべるまんの北海道」を見つけ出しました。
もう少し時間が経って、子育ても一段落したら、また、あんな旅がしてみたいと想いながら、ページをめくりました。
次は、たよろ会の様々なツアーについて書きたいと思っているのですが、ちゃんとした記録としては残してないので、写真やメモなどからボチボチ再現してみたいと思っています。